ヨミガエル

コンサートシリーズ「ヨミガエル」

 1928年に建築された快哉湯のオーナーさんの「人々の記憶が詰まったこの建物を未来に残したい」という想いによってカフェとして蘇った「rébon Kaisaiyu レボン快哉湯」(WWW.REBON.JP)。rébon(レボン)は「再生」を意味する英単語”reborn”に由来しています。銭湯からカフェへと生まれ変わっても「たくさんの人が集まる場」のDNAは受け継がれています。その歩みを知らない方にも懐かしさを感じさせる不思議な「記憶の力」をエネルギーとして、一つの空間が蘇り、次の時代へと繋がれていく様は、世代や国を超えて育まれてきたクラシック音楽に通じるものがあります。

 東京都浴場組合のホームページにはこんな記載があります。

 「江戸で最初の銭湯は、『慶長見聞録』(1614年刊)に、「天正19年(1591)伊勢与市という者が銭瓶橋(ぜにがめばし)(現在の常盤橋付近にあった橋)のほとりに銭湯風呂を建てた」と記録にあります。徳川家康が江戸入りした翌年で、城下町も整っていなかったころです。それが慶長年間の終わり(17世紀初頭)には、「町ごとに風呂あり」といわれるほどに銭湯は広まりました。

 そんな17世紀、ヨーロッパのドイツでは、トルコから伝わったばかりのコーヒーの人気が高まっていました。当時のコーヒーハウスは、情報交換、議論、商取引の場であったと同時に、音楽など文化・芸術の発信源でした。この時代にパイプオルガン奏者、作曲家として活躍していたヨハン・ゼバスティアン・バッハも大のコーヒー好きで、流行りの「カフェ」で演奏会を開催することもありました。

 ベートーヴェンが無類のコーヒー 好きで毎朝60粒のコーヒー豆を数えて自ら挽いていたことも有名ですが、「音楽の父」バッハはコーヒー好きが高じて「コーヒーカンタータ」なる作品まで作ってしまったほどでした。1934年に浅草で生まれた版画家の奥山義人さんが1993年に出版された「こうひい絵物語 」にも登場しました。 

イラスト Rachel 楓 Newsam www.rachelknewsam.com

  Neoclassical Collectiveでは、レボン快哉湯の建築100周年の2028年までに、バッハ、日本の四季や風物詩、レボン快哉湯のコンセプトにちなんだコラボレーション企画などの多彩なプログラムを企画し、合計100回のコンサートを「ヨミガエル」シリーズとして開催していきます。クラシック音楽の「ホーム」であるコンサートホールから飛び出し、現代の情報・文化・芸術の発信の場の一つであるカフェにて「ネオ」なクラシック音楽の愉しみ方を提供する手法を開拓していきます。いまだに敷居が高いクラシック音楽を日本特有の元「銭湯」のスペースにて、肩肘張らずに美味しいコーヒーを飲みながら、演奏家とのお喋りも交えながら、愉しむことができるシリーズにしていきます。

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